がりがり(千原こはぎ)


 普段、料理にはほぼ「味付塩こしょう」を使っています。大きめのボトルみたいな蓋付きのケースに、既にバランスよく配合された塩と胡椒と昆布エキスなんかが入っているもの。そのちょっと砂っぽい色をしたものをささっと振ると、どんな食材も味が決まってしまう、便利で不便な調味料です。
 塩単体、胡椒単体ももちろん持っていて、それぞれ必要な時に使っているわけですが、塩はまだしも、単体の普通の胡椒ってあんまり使い所がない気がします。
 胡椒が単体で必要になる場面というと、大抵が粗びき黒胡椒です。ピザに振ったり、カルボナーラやリゾットに仕上げに振り入れたり、粗びき黒胡椒の出番は思った以上に多い。

 ところが、わたしは普通の胡椒は持っているのですが、なぜか粗びき黒胡椒を持っていませんでした。
 「ブラックペッパー」と書かれた小瓶はあるので、おそらく昔は持っていたのだと思いますが、使い切ったようでいつからか中身が入っていません。
 わたしがよく買うチルドのチーズピザに、トッピング用としてブラックペッパーの小袋がついてくるので、少しだけ使って、残りをブラックペッパーの空き瓶に入れておき、他の料理でどうしても粗びき黒胡椒が必要な時にはそれを使ったりしていました。なぜそんなケチくさいことをしているのでしょう。普通に粗びき黒胡椒を買えばいいのに。

 そんなふうに何年も粗びき黒胡椒がない生活を続けていたのですが、偶然にも昨日、ふと食品売り場でそのことを思い出しました。なんてことはない、これまで買い物中に思い出すタイミングがなかっただけのことです。

 ブラックペッパーと書かれたいろいろなメーカーの小瓶が置かれていましたが、欲しかったのはあれです、両手で持ってガリガリっとやるやつです。これまでそんな小物は使ったことがないけれど、テレビや料理動画なんかで見て存在は知っています。あれはおいしそうさが違います。せっかくだしもし買うならあれ一択です。
 ミル(というらしい)付きのものは2種類ありました。いっぱい入った大きいサイズと、お手軽な小さいサイズ。置くスペースのことを考えて、とりあえず小さい方を購入してみます。

 帰宅して早速、チンした冷凍パスタにガリガリしてみることに。(カルボナーラじゃなくボロネーゼだったけどまぁいいでしょう)
 「使用前に中の銀紙を剥がせ」とのこと。ミルの外し方がわからなかったのですが、どうにか開けて銀紙を剥がせました。
 見ると、正露丸をちょっとしわしわにしたような黒くて丸い実?がごろごろと入っています。これまで、胡椒というと黒っぽいような茶色っぽいような粉しか見ていませんでしたが、黒胡椒ってこんな感じか、なるほどね、これを削るとああなるわけね、とひとり納得。(ほんとうかどうかはさておき)

 ふたたび小瓶にミル部分を取り付け、いざ。
 とりあえず、蓋を開けて……逆さまにするのよね、それで……ひねればいいのか。こうか、こう……(がりがりがりがり)……あ、出てきた……なにこれ、たのしい……。

 これはなんというか……ちょっとした快感なのでは……?
 黒胡椒が削れていくやわらかな手触り、がりがりという音、パスタに降り注ぐおいしそうなカケラたち、独特の香り……いまこの瞬間、わたしはすごくそれっぽい料理を生み出しているのかもしれない、という謎の高揚感……。

 しばらくはこの楽しさに取り憑かれて、必要もないのにやたら黒胡椒をがりがりする「妖怪・黒胡椒けずり」になってしまいそうです。


黒こしょうがりがり削る 内側に辛さばかりを溜めないように

水たまりとシトロン

御糸さち、西村曜、千原こはぎによる短歌な公開交換日記

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